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醫聖 華岡青洲(中日文對照)

      2016/07/27

1805年(文化2年),日本醫聖華岡青洲(1760-1835)成功完成了全世界首次使用全身麻醉的乳腺癌摘除手術。比美國使用乙醚麻醉手術早了40年。由於成功完成劃時代意義的手術,青洲一躍成為日本首屈一指的外科醫生。

當時,由於外科治療無法施行麻醉,患者必須忍受劇痛。青洲認為唯有利用麻醉讓患者睡著,其間再進行治療以外,別無他法。

青洲生於紀州的醫生家庭,長期在京都學習醫術,夢想成為中國三國時代的神醫華佗那般的人。華佗用獨創的藥劑「麻沸散」讓患者睡著,然後施行剖腹手術,是位大名鼎鼎的醫生。

青洲離開京都後,跟隨荷蘭醫生學習醫術,26歲返鄉,開始行醫。他一方面進行治療,一方面栽培藥草,潛心研究麻醉藥。他把藥劑用在狗、貓、鳥等動物身上,反覆實施動物實驗,經歷多次失敗,總算完成還算稱心的藥劑。

藥劑的主成分是一種名為曼陀羅華(朝鮮牽牛花)的藥草。然而,藥劑完成之前,青洲的年僅31歲的妹妹因乳腺癌過世。在無法施行手術摘除腫瘤患部的當時,乳腺癌是一種可怕的不治之症。

妹妹過世幾年後,青洲終於成功研製出麻醉藥。最初使用試劑的三色貓,整整睡了三天,據說醒來時還精神飽滿地翻了個筋斗。可是,藥劑對貓雖然有效,但若想實際用在手術,必須確認藥劑對人體是否有效。

主動報名當人體實驗者的正是青洲的母親和妻子。曼陀羅華是具有劇毒的植物,是毒藥亦或良藥,僅有分毫之差。青洲自己也不清楚藥劑用在人體上到底會產生什麼副作用,遲遲不敢進行實驗。

青洲40歲時,受不了婆媳之間的實驗者報名競爭,終於決定讓母親和妻子加惠當實驗者。青洲的母親因實驗而喪生,加惠則因多次服用藥劑而逐漸失明。

加惠明知自己的視力殘障是基於藥劑的副作用而起,卻沒有停止服藥。正因為妻子的捨身,青洲終於完成盼望已久的麻醉藥「通仙散」。

1804年10月13日,45歲的青洲施行了全世界首次使用全身麻醉的乳腺癌摘除手術,結果成功了。第一位患者是得了乳腺癌的老婦人,她以「即便喪命也無所謂」之由,懇求青洲為她做手術。

手術成功後,青洲為了把用麻醉藥施行手術的醫術傳給後輩醫生,開了一家私塾「春林軒」,據說學生多達千人以上。

青洲和學生一起使用麻醉藥,接二連三地挑戰至今為止無法動手術的兔唇、腫瘤、壞疽、尿道結石等難治之症。光是乳腺癌摘除手術就有153例。他還創造出各種手術用具,被稱為華岡流外科用具而普及於世。

青洲76歲時以藩侍醫身分過世,小他兩歲的妻子加惠在過了20多年的失明生活後,比丈夫早一步於68歲過世。

医聖・華岡青洲(はなおか せいしゅう)

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1805年(文化2年)、日本の医聖華岡青洲(1760-1835)は、世界初の全身麻酔による乳がん摘出手術に成功した。アメリカでのエーテル麻酔による手術に先立つこと40年。この画期的な手術を成功させたことで、青洲は一躍日本一の外科医と称された。

当時、外科治療といっても麻酔がなく、患者は激しい苦痛に耐えねばならなかった。青洲は、麻酔によって患者を眠らせ、その間に治療するしか方法はないと考えた。

紀州の医者の家に生まれた青洲は、長じて京都で医学を学び、中国三国志時代の医者華佗のようになりたいと夢見る。華佗は独自の「麻沸散」という薬を用いて患者を眠らせ、その間に開腹手術を行ったという伝説的な名医である。

青洲は京都を出て蘭医のもとで修行を積んで、26歳のときに故郷に戻り、医者の看板をあげた。 彼は治療のかたわら薬草を栽培し、麻酔薬の研究に打ち込んだ。犬や猫、鳥などに処方して動物 実験を繰り返し、試行錯誤の末にどうにか満足する薬が出来上がる。

その薬は曼陀羅華(朝鮮アサガオ)という薬草を主成分としていた。しかし、薬が完成する前に 、青洲の妹が31歳の若さで乳がんを患って死去する。手術による腫瘍部分の切除が不可能だった当時、乳がんは恐ろしい不治の病だった。

妹の死から数年後、青洲はついに麻酔薬を成功させた。試薬を施されたのは三毛猫で、三日間も眠り続けたのち、ついに眼を覚まし、元気に宙返りまでしたという。だが、猫には効能があったとはいえ、実際に手術で使うには、人体に効くかどうか確かめておく必要がある。

人体実験に協力を申し出たのは青洲の母と妻だった。曼陀羅華は猛毒を持つ植物で、毒になるか薬になるかは紙一重だった。人体にどのような副作用が起こるか、青洲自身にも分からないため 、なかなか実験に踏み切れない。

青洲が40歳のとき、嫁と姑の被験者争いに負け、とうとう母と妻加恵を被験者とすることを決断した。この実験で、青洲の母は亡くなり、加恵は薬を何度も服用しているうちに、次第に眼が見えなくなっていく。

薬の副作用で視力障害が起こったことを知っている加恵は、それでも薬を飲むのをやめようとしない。この妻の献身によって、青洲はついに念願の麻酔薬「通仙散」を完成させた。

1804年10月13日、45歳になっていた青洲は世界初の全身麻酔による乳がんの摘出手術を成功させた。第一号患者は乳がんを患っていた老女で、「たとえ命を落とすことがあっても構わない」と手術を懇願したのだ。

この手術が成功したあと、青洲は麻酔薬を使った手術法を後進の医者に伝えようと、私塾「春林軒」を開き、塾生はのべ千人を超えたという。

青洲は塾生とともに麻酔薬を使い、欠唇、腫瘍、脱疽、尿道結石の摘出などこれまで手術出来なかった難病を次々と挑戦した。乳がんの摘出手術だけでも153例を数えた。手術用具にも創意を 加え、華岡流外科具として普及した。

青洲は76歳のときに、藩の侍医として亡くなったが、2歳年下の妻加恵は20年以上も盲目の暮ら しを続け、夫に先立って68歳で亡くなった。

参考書籍

 - 日本歴史人物

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