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夏目漱石的貓(中日文對照)

   

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「咱家是貓。還沒有名字。完全搞不清在哪兒出生。只記得好像在一個陰濕的地方喵喵叫。」

這段開頭太有名了。只要提起日本的貓文學,這部《我是貓》總是名列第一。此作品發表於1905年1月,漱石38歲那年。開頭第一句一字不改地成為書名,是部讓當時僅是位英文文學者的漱石一舉成名的作品。

有點神經衰弱的漱石,為了解悶,寫了一篇有關住在院子的野貓之短文,這正是他動筆寫這部作品的契機。漱石將最初那篇短文發表在同人雜誌《杜鵑》,出乎意外竟廣受好評,於是繼續寫下去,之後正式出版成書。

故事描寫一群明治時代的庸俗紳士,聚集在中學英語教師苦沙彌老師的書房,高談闊論種種奇談怪論或小見聞,再通過「咱家」這隻貓的眼睛,嘲諷幽默地描述出來。

「咱家」雖然沒有正式名字,但被苦沙彌老師家的女傭稱為「野貓」。對於這事,「咱家」積了一肚子恨,暗罵「咱家已經一再聲名至今還沒個名字,可這女傭老是叫我野貓、野貓的,真是個不懂禮貌的傢伙」。不過,鄰家的三毛貓「三毛子」可不一樣。高興的是牠會稱呼「咱家」為「先生」。元旦時還在脖子戴個鈴鐺,邊用可愛聲音招呼說「喲,先生,恭賀新年」,邊把尾巴向左一搖。

《我是貓》最後一章寫於1906年7月。小說中的「咱家」掉進水缸淹死了。然而,小說原型的現實貓當時還活著。現實貓是隻近黑色的條紋貓,1904年初夏闖進漱石家。討厭貓的漱石夫人三番兩次抓小貓出去,但漱石一聲令下:「既然老是跑進來,就讓它住下吧。」貓就如此成為夏目家的家貓,可是似乎沒有人關照這隻貓,到最後都沒人為牠取名。

3年後的夏季9月中旬,衰弱的貓終於死在漱石家後院庫房。9月13日,漱石製作了四周用墨水塗黑的手制明信片,寄出貓的「死亡通知」給關係較親密的弟子。

貓的屍體被埋在漱石書房北側後院一株櫻花樹下。而且漱石親手在白色方形木材寫上「貓的墳墓」,為貓立下墓碑。現在在漱石宅邸遺跡的公園內,留有一座為祭祀貓而建立的塔。

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夏目漱石の猫

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「吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。」

という書き出しは、あまりにも有名だ。日本の猫文学といえばこの『吾輩は猫である』が筆頭にあげられる。この作品が発表されたのは1905年1月、漱石が38歳のとき。書き出しがそのままタイトルとなり、それまでは単なる一英文学者にすぎなかった漱石の名を、一躍世に知らしめた作品である。

神経衰弱ぎみだった漱石は、気晴らしのために、庭に居着いた野良ネコの姿を短文に書いてみたことが、この作品を執筆したきっかけとなった。最初の短文を雑誌『ホトトギス』の文学仲間内で発表したところ、意外にも好評を得たために執筆を続け、のちに正式に本として出版したのである。

物語は、中学の英語の教師である苦沙弥先生の書斎に集まる明治時代の俗物紳士たちが語る珍談、奇談、小さな事件の数々を、「吾輩」である猫の目を通して、風刺的かつユーモラスに描いている。

「吾輩」は、正式には名前がないのだが、苦沙弥先生の家の女中からは「野良」と呼ばれている。これに対して、「吾輩」は、「名前はないとしばしば断っておくのに、この下女は野良、野良と吾輩を呼ぶ失敬な奴だ」と憤懣やるかたない。しかし、隣の三毛猫「三毛子」は違う。うれしいことに「先生」と呼んでくれるのである。お正月になると首に鈴までつけてきて、「あら先生、おめでとう」と可愛い声で挨拶しながら、しっぽを左へ振る。

『吾輩は猫である』の最終章は1906年7月に書かれている。小説の中の「吾輩」は、水瓶に落ちて死んでしまう。だが、モデルとなった実際の猫はこのときまだ生きている。実際の猫は黒っぽい縞猫で、1904年の夏の初めごろに、漱石の家の中に迷い込んだのだ。猫嫌いな漱石夫人は何度も何度も仔猫を外につまみ出すのだが、漱石が、「そんなに入って来るんならおいてやったらいいじゃないか」と鶴の一声。猫はそうして夏目家の飼い猫となったものの、誰もこの猫を気にかけていなかったらしい、最後まで名前をつけなかった。

3年後の夏の9月半ばに、猫は衰弱し、漱石の家の裏の物置で息を引き取る。9月13日、漱石は、周囲を墨で塗った自家製のハガキを作成し、親しい弟子に猫の「死亡通知」を出している。

猫の亡骸は、漱石の書斎の北側にある、裏庭の桜の木の下に埋められた。そして漱石自身が白い角材に「猫の墓」と書いて墓標にした。現在は公園になっている漱石の屋敷跡に、猫を祀った供養塔が残っている。

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夏目漱石書籍

 - 日本歴史人物

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Comment

  1. 夢竹 より:

    很喜歡夏目漱石的作品,讀他的第一本書也是“我是貓”,讀日本文學總是寧寧靜靜的,悲傷的時候也是很沈靜。

    謝謝先生介紹夏目漱石的貓。

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